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鹿屋簡易裁判所 昭和33年(ハ)66号 判決

鹿屋市向江町七千百四十七番地

原告

武石一志

被告

右代表者法務大臣

唐沢俊樹

鹿児島市山下町鹿児島地方法務局

右指定代理人法務事務官

宮田茂春

右当事者間の昭和三十三年(ハ)第六六号損害賠償請求事件につき当裁判所は昭和三十三年六月三日終結した口頭弁論に基き次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、被告は原告に対し金一万九千百五十六円を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求める旨申立て、その請求の原因として、

一、原告は昭和二十八年九月二十六日訴外松元清二からその所有に係る鹿屋市向江町七千百十番宅地百十九坪五合八勺及び同町七千百十一番宅地五十八坪七合三勺の二筆の内百六坪を代金坪当り金千三百円で買受け、その所有権移転登記手続にとりかかろうとした矢先、同年十月一日右松元清二の前主訴外久留静が松元清二に対し右二筆の宅地の譲渡其の他一切の処分を禁止する旨の仮処分を鹿児島地方裁判所鹿屋支部に申請し、同日右趣旨の仮処分決定が発せられたため、原告はやむなく松元清二と共に右仮処分決定に従い同人から買受けた前記宅地百六坪の所有権移転登記申請を差控えた。

而して訴外久留静は仮処分と同時に松元清二を相手取り、前記二筆の宅地の所有権移転登記抹消登記手続請求の訴を鹿児島地方裁判所鹿屋支部に提起したので、原告は松元清二の補助参加人として久留静と争つた末、昭和三十一年十二月十九日和解が成立し、久留静は原告が松元清二から買受けた前記宅地百六坪を原告の所有と認め、右百六坪の内八坪五合三勺は右和解において久留静所有の同坪数の宅地と交換し、久留静は前記仮処分を取下げた。

二、そこで原告は同年十二月二十七日鹿児島地方法務局鹿屋支局に対し、前記宅地百六坪について松元清二から買受けた価格である坪当り千三百円を登録税法による課税標準価格として所有権移転登記の申請をしたところ、同支局登記官吏は、登記価格は登記申請当時における評価によるべきであるとして、原告が申告した右坪当り金千三百円を不相当と認め、右宅地百六坪の価格を坪当り金四千円と認定し、即日口頭で原告にその旨を告知した。原告は一応右認定に従い登録税を納付し、同日所有権移転登記手続を了した。しかし乍ら原告が松元清二から買受けた右宅地百六坪につき原告において買受けた当時所有権移転登記ができずこれが遅延したのは、前叙のとおりひとえに久留静の申請により発せられた処分禁止の仮処分決定のためであり、原告は右仮処分決定に忠実に従つたものであつて、原告側に何等の懈怠があつた訳ではないので、登記官吏は当然右宅地の坪数百五坪九合八勺(百六坪の売買契約であつたが、実測の結果百五坪九合八勺となる)から原告が後に久留静所有宅地と交換した八坪五合三勺を差引いた残余の九拾七坪四合五勺については、登記価格を原告が松元清二から買受けた価格である坪当り金千三百円にて認定し、之に対し登録税金六千三百三十四円を徴すべきであり、若し右金千三百円が相当でないとすれば、買受当日たる昭和二十八年九月二十六日における右宅地の評価坪当り金二千二百円による価格を認定して登録税金一万七百十九円とすべきであつたにも拘らず、之を坪当り金四千円による価格を認定して登録税金一万九千四百九十円としたのは明らかに違法な処分である。右は当該登記官吏が法律の解釈を誤つた過失に基く徴税であつて原告は右登記官吏の過失により原告の買受け価格たる坪当り金千三百円による価格に対する登録税金六千三百三十四円と、登記官吏の認定による登録税金一万九千四百九十円との差額金一万三千百五十六円の損害を被むり、しかも本件に関し原告は精神的に損害を被むつたので、その慰藉料として金六千円合計一万九千百五十六円の賠償を求める為に本訴に及ぶと陳述した。

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め答弁として原告主張事実中原告がその主張の宅地を訴外松元清二より買受けたこと及び同土地に対し原告主張のとおり仮処分決定のあつた事実、並びに原告主張のとおり昭和三十一年十二月二十七日原告買受けの宅地二筆九十七坪四合五勺の所有権移転登記申請に対し課税標準を坪当り金四千円の価格に認定し、之に対する登録税(金一万九千四百円)を徴し所有権移転登記手続を経由した事実は認めるが、その余の原告主張事実は不知、登記官吏の課税標準価格の認定が違法であるとの原告主張は之を争うと述べ、更に

一、一般に課税標準価格は当該租税を賦課する時の目的物の価格によるべきである。従つて不動産登記の登録税の課税標準価格も当該登記をするときにおける不動産の時価によるべきであつて、此のことは大正九年四月二十一日民事第一、二一一号民事局長回答により全国的に統一された登記取扱いであり、議論の余地はない。

二、仮処分の登記、仮処分権利者の権利保全の目的でなされるものであるが、登記申請について実質上の調査権のない登記官吏は仮処分権利者の権利保全の目的を害するや否やの調査はできないから、登記簿上の所有者と新に権利を取得した権利者の双方から登記申請が提出された場合、申請書自体条件を具備する限りたとえ譲渡禁止の仮処分登記があつても該登記申請書を受理しなければならないのであつて、その所有権移転登記を禁止する旨の何等の規定も存しない。

三、原告は仮処分決定がなされたから登記申請を差控えたと主張するが、売買契約から仮処分の登記迄七日の期間があつたのであるから売買による移転登記申請を為す余裕は充分あつた筈である。たとえ仮処分登記がなされたとしても前述のように仮処分登記により移転登記申請が禁じられたものではないから原告及訴外松元清二は何時でも移転登記申請を為し得る状態にあつたのである。

四、登記官吏は本訴不動産に仮処分登記が為されていた故を以つて登録税の課税標準価格認定の時期につき考慮を加える必要はない。

従つて登記申請時における不動産の時価によつて右価格の認定がなされることは当然である。

以上のように登記官吏の本件不動産登記に対する登録税の課税標準価格認定にはいささかの違法はなく、不当な点もないから原告の本訴請求に応ずることはできない。と陳述した。

理由

原告が昭和二十八年九月二十六日訴外松元清二からその所有に係る鹿屋市向江町七千百十番宅地百十九坪五合八勺及び同所七千百十一番宅地五十八坪七合三勺の二筆の土地の内百六坪を買受けたことその所有権移転登記を為す前同年十月一日訴外松元清二の前所有者訴外久留静の申請に基き前記土地につき譲渡其の他一切の処分行為を禁止する鹿児島地方裁判所鹿屋支部の仮処分決定が発せられたこと及び昭和三十一年十二月二十七日原告が右宅地二筆の内九十七坪四合五勺につき鹿児島地方法務局鹿屋支局に対し前記売買契約に基く所有権移転登記申請をしたところ、右法務支局登記官吏は、登記申請時における右土地の価格を坪当り金四千円と認定し、之による価格を登録税の課税標準価格として登録税を課した事実は当事者間に争なきところである。ところで本件の争点は、

一、不動産の売買に因る所有権移転登記申請に際し納付すべき登録税の課税標準たる不動産の価格は売買当時の価格によるべきか、又は登記申請時における価格によるべきかの点と、

二、譲渡その他処分禁止の仮処分登記ある不動産に対する売買等譲渡による所有権移転登記は右仮処分決定によつて禁止されるかの点に存するので、先ず右一、の課税標準たる不動産の価格の点について考えて見る。

凡そ物件の設定移転は当事者の意思表示のみによつてその効力を生ずるものであり、訴外松元清二と原告との間における本件宅地の所有権の移転は、右松元清二と原告との間の所有権を移転すべき売買契約の履行によつてその効果を生ずるものであつて、その所有権移転の登記は所有権移転の効力を発生する法律上の要件ではない。ただ不動産に関する物権の得喪変更は登記法の定める所に従つてその登記をしなければ、第三者に対してその得喪変更を対抗し得ないものであるので、不動産につき所有権を取得した者はその所有権の取得を登記することによつて登記以後対世的な対抗要件を附与せられ、対世的にその権利の保護を受けることになる訳である。而して不動産を買受けた者がその所有権移転の登記をするかどうかは一にその権利取得者の自由に任せられて居り、所有権取得後直ちにその登記をしようが、又は之を数年間放置しようが問う所ではない。又登記官吏は提出された登記申請について形式的審査権はあるが実質的な審査権がないので登記申請書に記載されたとおり真実の売買契約であるか、或は仮装の売買契約であるか、又は登記原因たる日附の日時に売買されたものであるか否かを問う所ではないのである。右のように不動産に関する権利の設定移転等は之を登記することによつて、登記当時の目的物に対し登記以後初めてその登記本来の効果を生ずるものである。

以上のような登記制度の性質から見ても、不動産に関する権利の設定移転の登記申請に際し、納付すべき登録税の課税標準たる登録税法上の不動産の価格とは、登記申請の時における価格を謂うものであると解するを相当とする。さすれば本件宅地に関する原告の所有権取得の登記申請に際し、当該登記官吏が課税標準価格を申請時における不動産の価格を以つて認定し、登録税を賦課したことは至極当然のことであつて、聊かも違法又は過失の廉はない。此の点に関する原告の主張は理由がない。

次に前記二、の処分禁止の仮処分登記とその登記後の所有権移転登記申請との関係について按ずるに、凡そ仮処分決定は仮処分権利者の権利保全の為になされ、不動産の譲渡等処分禁止の仮処分決定はその執行として仮処分登記を為すものであるが、その仮処分登記があるからとて所有権移転や抵当権設定等の登記申請ができないというものではない。之等の申請があれば、登記官吏は当然之を受理しなければならないのである。而して此の場合仮処分権利者が本案の訴訟において勝訴したとき(本件原告の主張事実について言えば、訴外久留静が訴外松元清二を相手取り提起した所有権移転登記抹消登記手続請求の訴訟において久留が勝訴したとき)は、仮処分登記後に登記した者は仮処分権利者に対抗し得ず、当然その権利取得の登記を抹消しなければならないという効果があるのであつて、仮処分登記後に権利取得等の登記をしたからとて別に仮処分権利者の権利を害することにはならず、仮処分の目的は達せられるのである。又仮処分権利者が敗訴した場合には仮処分の執行取消によつて仮処分登記は抹消され、仮処分登記後に為した権利の移転設定等の登記はその本来の効力を有することになるのである。以上のように仮処分登記そのものはその後の権利の移転設定等の登記手続を禁ずるものではなく、仮処分登記後権利取得の登記をした者は、只仮処分権利者との関係において仮処分権利者が勝訴の判決を得た場合之に対抗し得ないというに過ぎない。そこで仮処分登記ある不動産について権利を取得した者は、その仮処分の本案の訴訟事件の完結迄自己の権利取得の登記を差控えるもよく、又は一応登記手続を履践して訴訟の完結を待つもよく、その何れを選ぶかは一に新たな権利取得者の自由に任せられている訳である。原告において以上のような仮処分登記の性質を理解するところ浅く、その所有権移転登記手続を差控えた為に後日地価騰の時に所有権移転登記を為すこととなり買受時に為すよりも多額の登録税を納付しなければならなくなつたとしても之は地価騰という止むを得ない事由によるものであり、当該登記官吏には何等責むべきところはない。

以上検討したように原告の本訴請求は理由がないから棄却するの外なく、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 永田武義)

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